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SixTONES結成の原点『私立バカレア高校』植野Pから14年越しの言葉

SixTONES結成の原点『私立バカレア高校』植野Pから14年越しの言葉 TV
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2026年8月29日・30日に放送された「24時間テレビ49-愛は地球を救う-」

深夜に放送された「Golden SixTONES 家族対抗SP」で、SixTONESファンにとって胸が熱くなる場面がありました😭😭😭

SixTONESの6人がまだグループになる前、2012年のドラマ『私立バカレア高校』で彼らを集めたプロデューサー・植野浩之さんから、14年越しのメッセージが届いたんです。

植野さんが語った、当時の6人の「チャンスをつかもう」という熱量

そして、今のSixTONESへ贈られた「これからもあの頃の熱量のまま」という言葉。

とっても胸にきました🥹

「私立バカレア高校」で集まった6人が、そのまま順調にSixTONESになったわけではないんですよね。

一度はバラバラになった6人が、「もう一度、この6人で」と自分たちで集まり直した。

その6人が14年後、「家族」をテーマにした24時間テレビでチャリティーパートナーを務めている。

しかも、その場所で“始まりを作ってくれた人”からメッセージが届くなんて……。

あらためてSixTONESの歩いてきた道を思い返したくなる、そんな場面でした💎

ということで……記事にして振り返りたいと思います✨


💎『私立バカレア高校』植野PからSixTONESへ14年越しのメッセージ

「24時間テレビ49」の深夜に放送された「Golden SixTONES 家族対抗SP」

番組では、『私立バカレア高校』のプロデューサーを務めた植野浩之さんから、SixTONESの6人へメッセージが届きました。


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『私立バカレア高校』で6人が集まってから14年。

当時の6人を知る植野さんから、今のSixTONESへ贈られた言葉です。

どんどん活躍の場を広げているみなさんの姿をとてもうれしく拝見しています。

14年前に『私立バカレア高校』で集まった6人ですが、当時ジュニアのテレビ露出がほとんどなく、本当にフラットな目線でキャスティングしたジュニアを主演にしてドラマを始めたので、みんなここでチャンスをつかもうという意識がスゴく強かったと思います。

ものスゴく高いハードルだったと思うのですが、全て形にしていった奇跡のような6人です。

今後さらに大きく羽ばたいていくと思いますが、これからもあの頃の熱量のまま頑張ってください。

そのために、こちらをご覧ください。

― 植野浩之プロデューサー/日本テレビ系「24時間テレビ49-愛は地球を救う-」内「Golden SixTONES 家族対抗SP」より

そして、このメッセージのあとには『私立バカレア高校』当時の懐かしい映像が。

6人からは「あったね」「恥ずかしいね…」という声も上がっていました😊

植野さん!!この6人を選んでくれて、本当にありがとうございます!😭💎


🎬『私立バカレア高校』で出会ったSixTONESの6人

『私立バカレア高校』は、2012年に日本テレビ系で放送された学園ドラマ。

出演していたのは、当時ジャニーズJr.だったジェシーさん、京本大我さん、松村北斗さん、髙地優吾さん、森本慎太郎さん、田中樹さん

まだ「SixTONES」という名前すらなかった6人です。

ドラマをきっかけに6人で活動する機会が増え、ファンからは「バカレア組」と呼ばれるようになりました。

今のSixTONESにつながる、大切な原点のひとつです。

今回、植野さんが「フラットな目線でキャスティングした」と明かしていたのも、個人的にはすごく印象に残りました。

14年前、たまたまこの6人が同じ作品に集まった。

今となっては当たり前のように「SixTONESの6人」と呼んでいるけれど、すべての始まりには、この出会いがあったんですよね。


🥹「バカレアの6人=SixTONES」までの道は簡単じゃなかった

ただ、バカレアで集まった6人が、そのまま順調にSixTONESへと進んだわけではありませんでした。

バカレア組として人気になり、6人で活動する機会が増えたことで、本人たちも「このままデビューするんじゃない?」と思っていたそう。

しかし、その後は事務所の方針などもあり、徐々に6人で活動する機会が減り、それぞれ別々の場所で仕事をするようになります。

6人で立つ未来が見えなくなり、事務所を辞めることまで考えていたメンバーもいました。

そんな中、もう一度6人をつなごうと動き出したのがジェシーさんでした。

ジェシーさんは、ソロ活動を打診されても、自分ひとりでデビューすることではなく、もう一度この6人でやることを望んでいたそう。

そして髙地優吾さんに「やっぱり6人でやりたい」と打ち明け、髙地さんがほかのメンバーを招集します。

そして6人で気持ちを確かめたあと、ジャニーさんのもとへ。

そのとき彼らが願ったのは、いきなり「グループにしてほしい」「デビューさせてほしい」ということではありませんでした。

「1曲でいいから、6人でやりたい」

まずは、もう一度6人で同じステージに立ちたい。

そこから、SixTONESにつながる道が再び動き始めます。


💎「お手手つないでても、売れないよ」6人に問われた覚悟

もちろん、「もう一度6人でやりたい」と伝えたからといって、すぐにすべてが決まったわけではありません。

ジェシーさんは後に『A-Studio+』で、6人で直談判した際、ジャニーさんから

「お手手つないでても、売れないよ」

と言われたことを明かしています。

ただ仲が良いだけでは、グループとしてやっていけない――。そんな厳しさを突きつけられるような言葉でした。

さらに京本さんも、6人でジャニーさんにお願いしたときのことを振り返っています。

その場では、デビューすることの厳しさについて話をされたあと、最後に6人へ、

「この6人でいつまでも一緒にいる覚悟はあるの?」

と問いかけられたそう。

その問いに、6人は「うん」と答えました。

するとジャニーさんは別の部屋へ行き、しばらくして「SixTONES(シックス・トーンズ)」と書かれた紙を持って戻ってきたといいます。

こうして6人に「シックス・トーンズ」という名前が与えられました。

💎「シックス・トーンズ」から「ストーンズ」へ

ただ、この時点ではまだグループ名が正式にステージで発表されたわけではありませんでした。

当時、6人は「ザ少年倶楽部」で少しずつ一緒に出演する機会をもらえるようになり、2015年の「ジャニーズ銀座」では6人で公演を行うことも決まっていました。

しかし、京本さんは舞台の稽古と重なっていたため、当初は京本さんを除く5人での出演予定に。

その後、幸運にも稽古が早く終わり、京本さんも公演に参加できることになります。

6人の頭には、ジャニーさんから示された「シックス・トーンズ」という名前がずっと残っていたそう。

でも、次に6人全員がそろえるのがいつになるのかは分からない。

京本さんは当時を「僕らからしたらラストチャンス」だったと振り返っています。

そこで6人は「今しかない」と話し合い、みんなでジェシーさんを囲んでジャニーさんへ電話。

突然のお願いにジャニーさんも戸惑っていたそうですが、ジェシーさんが「お願いします」と最後まで思いを伝え、次の公演で「シックス・トーンズ」というグループ名を発表することを認めてもらいました。

そして6人は、ステージ上で初めてファンへ自分たちのグループ名を発表したのです。

ところが、当時の6人はまだ物事の進め方もよく分からず、スタッフへ事前に伝えないまま、ステージ上でいきなり「シックス・トーンズという名前をもらいました!」と発表。

知らされていなかった事務所スタッフは驚き、翌日には6人が呼び出され、ジャニーさんも交えて話し合いが行われたそうです。

そこでジャニーさんから、

(グループ名の見せ方や読み方が)「僕が思ってたのとちょっと違うんだよね」

と言われ、「SixTONES」の“ix”発音せず、「ストーンズ」と読む現在の形へ。

そして6人は、あらためてステージで「正式にはSixTONESになりました」とファンに報告しました。

一度はバラバラになった6人が、「もう一度6人でやりたい」と集まり直し、今度は自分たちから「今しかない」と動いて、SixTONESという名前をファンの前で発表した。

こうして振り返ると、SixTONESの結成は、誰かにすべて用意してもらったものではなく、6人自身が何度もチャンスをつかみにいった先にあったものなんですよね。

最初に『私立バカレア高校』で、この6人を選んでくれた人がいた。

そして一度離れたあと、今度は6人自身が「この6人で進む」ことを選んで行動した。

今のSixTONESがあるのは、その両方があったからなんですよね。

❤️ ジェシーさんが「この6人」にこだわった理由や、再集結までのエピソードはこちら


🏠14年後「家族」がテーマの24時間テレビに6人で立つ

そして、『私立バカレア高校』から14年後の2026年。

SixTONESは「24時間テレビ49」のチャリティーパートナーを務めました。

2026年のテーマは、「わたしの家族の話 ~あなたは誰を想う?~」

チャリティーパートナー就任時、ジェシーさんは24時間という長丁場について、「家族のようなメンバーと一緒なので、あっという間」と話していました。

この言葉も、今回あらためてバカレア時代からの歩みを振り返ると、胸に染みますよね。

もちろん、6人は血のつながった家族ではありません。

性格も違うし、得意なことも違う。

一度は離れたこともあった。

それでも、もう一度6人でいることを自分たちで選び、結成後もデビューまで長い時間を一緒に歩いてきました。

だから「家族のようなメンバー」というのは、ただ仲が良い6人という意味だけじゃないんだろうな、と。

長い時間の中でいろんなことを一緒に経験してきたからこそ、その重みを感じます。

そんなSixTONESが、「家族」がテーマの24時間テレビに6人そろって立っている。

そこに『私立バカレア高校』の植野プロデューサーからメッセージが届く。

……これはもう、ファンとしては胸がいっぱいになります🥹


💭「この6人を選んでくれてありがとう」植野Pの言葉を聞いて思ったこと

今回の植野プロデューサーからのメッセージを聞いて、真っ先に思ったのはやっぱり、

「この6人を選んでくれてありがとう」

でした。

2012年、あの日この6人が同じドラマに集まっていなかったら。

その先がどうなっていたかは、もちろん誰にもわかりません。

でも、『私立バカレア高校』が今のSixTONESにつながる大切な始まりのひとつだったことは間違いないと思います。

そして、「最初に誰かが選んだ6人」だけでは終わらなかった――。

一度は離れた。

6人で活動できる保証もなかった。

それでも、今度は自分たちから「この6人で」と手を伸ばした。

選んでもらった6人が、自分たちでもう一度6人を選び直した。

そこが、たまらなくSixTONESらしいなと思うんです。

その後もすぐにデビューできたわけではなく、2015年の結成から2020年のCDデビューまで約5年。

それでも6人で歩き続けて、デビューから6年後の2026年には、24時間テレビのチャリティーパートナーとして6人で並んでいる。

そして、その姿を14年前の6人を知る植野さんも見てくれていて、「あの頃の熱量のまま」と言ってくれる。

もう、それだけで十分うれしいですよね。

バカレアの頃と同じように、その後も6人で自分たちからチャンスをつかもうと動き続けてきた。その姿を知ると、植野さんの「あの頃の熱量のまま」という言葉が、さらに胸に響きます。

14年前にこの6人を見つけてくれたこと。

そして、その6人が何度でも「6人でいること」を選んできてくれたこと。

どっちにも「ありがとう」と言いたくなる放送でした💎


✨まとめ|バカレアから14年、今も続く6人の熱量

2012年の『私立バカレア高校』で出会った6人。

一度は別々の道を歩きかけながらも、自分たちでもう一度「この6人で」と集まり、2015年にSixTONESを結成しました。

そして2026年。

「家族」をテーマにした24時間テレビで、6人そろってチャリティーパートナーを務めたSixTONES。

この6人を選んでくれてありがとう。

そして、

この6人でいることを、何度も選んできてくれてありがとう。

私は今回の放送を見て、あらためてそんな気持ちになりました🥹💎